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ニーズとデマンドの違いに悩んでいませんか?~デマンドに応えて大喜びされた一方で私は落ち込んだ話~

Masikati!(こんにちは)

おーかです(´・ω・`)

 

最近ぶつかった壁がありまして。

ホントならもっと早くぶつかるべき壁だったのかもしれないんですが、わたしの場合はジンバブエに来て1年にしてやっと目を背けずに向かい合おうとしているところ。

それが、わたしが活動している特別支援学校のニーズとデマンドのちがい

今回はそんなお話し…。わたしと同じように迷っている人がいるかも…

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目次

ニーズとデマンドのちがい

教育の場面でも、医療の場面でも、きっとその他の仕事の場面でも、人や社会を相手にする仕事にはつきものの「ニーズ(必要)」と「デマンド(要望)」。この2つが違うものであることをしっかり認識しておく必要があります。まずはその違いについて…

デマンド

「デマンド」、これは「ああしてほしい」「こうしてほしい」という相手が口にしたり、表出した要望のこと。

 

わたしが活動している学校の場合で言うと、「売れるものを作ってほしい」「何か華やかな、きれいなものを作ってほしい」。これが彼らが図工を教える私に対しての要望。

 

ニーズ

次に「ニーズ」。相手が「必要」としていることで、現在の必要性だけでなく、将来も含めて本当に必要になってくるものを言います。これは、必要としている人自身ではなく、客観的に判断された「必要」のこと

 

例えば、わたしが活動している学校の場合で言えば、「出来上がりの作品だけでなく、その工程・過程を大切にした図工」。これが私が客観的に学校を見て、彼らに今、かつこれから先必要だと思っていること。

 

 違いをちゃんと把握しておこう

この「ニーズ」と「デマンド」、日本語にすると「必要としていること」と 「表出された要望」。似ているようで違うんですよね

この違いを知っておかないと、うまくいかないことがよくあると思うんです。

 

例えば、、、

途上国で、現地の人たちに「ここで大豆を育てて売りたいんだ」と言われたとします。

これは本人たちの口から出た「デマンド:要望」になります。これが彼らにとって必要なこと、「ニーズ」と勘違いしたまま、「それでは、ここで大豆を作って売りましょう!」とやったらどうでしょうか。

口から出た「大豆を作って売りたい」という要望に応えるだけだと、結果、大豆を作ったはいいけど、周りの人たちも同じものを作っていて作った大豆が売れません。ってことや、たくさん土地を使う割に少ししか収穫できません、コストパフォーマンスが悪いです。などと言った不満が出てくるかもしれません。

 

つまり、本人たちが「自分たちに今必要と思っていること」が本当に彼らにとって必要なこととは限らない、つまり、本人たちが常に自分たちに必要なものを正しく把握できているかどうかはわからないんです。だからこそ、客観的に見た「ニーズ」が大切になってくる。

 

本当は、「大豆を作って売りたい」のではなくて、「収入を増やしたい」や「土地を有効活用したい」や「仕事を増やしたい」という欲求(デザイア)があったのかもしれない。そのために必要なのは、「大豆を作ること」ではなく、他の作物だったかもしれないし、そもそも農業じゃないかもしれません。じゃあ何が必要なのか、と考えて見つかるのが「ニーズ」。

 

 相手が「ああしてほしい。」「こうしてほしい。」と口にする要望(デマンド)って、すごく入ってきやすいし、それが彼らが望むことで必要なことだ、と思ってしまいがちなんですが、そうじゃない。ニーズとデマンドのずれ知っておかなくてはいけないんです。

 

ニーズとデマンドの差に悩む(実体験)

ちなみにわたしが今、この壁にぶつかっています(笑)

先日アートコンペティションと言って、図工の作品をその場で作って「評価してもらう」という大会みたいなものが開催されていて、わたしも子どもたちを連れて参加するよう、校長先生に言われたんです。

ここで迷ったのは、どの子を連れて行こうかということ。人数制限があったので4人だけしか選ぶことができませんでした。そこで私は、「ミサンガ」と「イヤリング」づくりに2人、「紙を丸めてお花づくり」に1人、「自然のもので顔づくり」に1人、計4人の生徒を会場に連れていき、図工をその場で実施しました。

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…気が付きましたか?

ミサンガとイヤリングに関しては、配属先が求めている(デマンド)「売れるもの・きれいなもの」を用意したんです。

一方で、「紙を丸めてお花づくり」と「自然のもので顔づくり」は、私が考えている彼らにとって必要な工程を大切にした図工(ニーズ)なんです。

するとどうでしょう。これ、実はちゃんとジンバブエの教育関係のお偉いさんたちが実際にみにきて審査してくださったんですが…

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ミサンガ1位

イヤリング2位

自然のもので顔づくり3位

 

という結果になりました。

そりゃもう学校は大喜びですよ。私たちの学校が上位1.2.3位全部ひとり占め!万々歳!!!

一方わたしは「やっぱりそうなのか」って少し落ち込んだんです。

 

なぜ?って?

だってですよ、私が彼らにとって本当に必要だと考えていたニーズ、自分を表現したり、作業工程を大切にした、子どもたち一人ひとり違う作品が出来上がっておもしろい!っていうような図工よりも、やっぱり、見た目がよくて、売れそうなものであるミサンガやイヤリングが上位に選ばれた、つまり評価されたわけですから

 

ミサンガやイヤリングって、ほとんど誰が作ったって同じじゃないですか。

アートの大会ってそういうものなんですか?もっとこう、個性があって、十人十色的な面白い作品が並ぶものじゃないんですか?って思っちゃったわけなんです。

表現力とか作業工程ではなく、見た目が評価されているような気がしました。

 

気がしているんじゃないですね。実際にそうでした。

自分が配属先のニーズは「過程を大切にした図工」だったけど、学校よりもっと上の教育省とかのレベルで「きれいなもの」「技術的なもの」を評価している現実。

 

確かに、一般の人ですら仕事がないこの国。障がいがあるひとにとって就職はさらに難しい話。そんな中で何か物を作って売るというのはこの国で生きていくためには必要なことなのかもしれない。だから彼らが言っている「デマンド」は間違ってない。

 

でも、物を作ったりするには「想像力」「発想力」「表現力」って大切。

じゃないとみんな同じものを作って結局売れないでしょう?小学校にいる間は、そういう内面的なものを身につける。なのでやっぱり私はそれが彼らにとって今後必要、つまりニーズだと思っているんです。 

 

おわりに

ニーズとデマンドの差に悩まされますが、じゃあニーズばっかりに応えていていいですか?となるとまた違う。

本人がニーズに気が付いていないことがあるということは、彼らのモチベーションや満足感を満たしながらニーズにこたえていく必要があるので、ある程度デマンドにもこたえていく必要がある。というのも事実なんですよね。。。

 

悩みだすと止まらなくて嫌になりますが、考えることはやめちゃいけないなって。

同じような悩みがある方、一緒に頑張りましょう~

 

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